役所に相談したとき、「担当者によって説明が違う」「制度の資料が多すぎて、結局どこを見ればよいか分からない」と感じたことはないでしょうか。
いま政府は、こうした行政実務に生成AIを使うための環境「源内(げんない)」を広げています。2026年度には、全府省庁の約18万人の政府職員を対象に大規模な実証を行い、2027年度以降の本格利用につなげる計画です。目的は、職員が文章を速く作ることだけではありません。人手不足が進む中でも、行政サービスの質を保ち、必要な情報へ早くたどり着けるようにすることです。
ただし、AIを入れれば役所が自動的に便利になるわけではありません。問われるのは、「職員がどれだけ使ったか」ではなく、相談する住民に何が返ってくるのかです。
「源内」は、役所の判断をAIに丸投げする仕組みではない
「源内」は、政府職員が安全に生成AIを利用するための共通基盤です。文章の作成・要約・翻訳といった汎用機能のほか、法令や過去の資料を調べる行政実務向けのアプリも開発されています。
たとえば、国会答弁の根拠資料を探し、草案や矛盾点の確認を支援するAI、厚生労働省の労働相談や認定審査を支援するAIなどが対象です。最終的な判断や住民への説明を誰が担うのかは、引き続き人間の行政職員と制度の責任です。
ここを曖昧にしてはいけません。AIは「決める人」ではなく、資料探しや整理を助ける道具として使われる段階です。だからこそ、制度の説明が速くなる可能性がある一方、間違った案内をそのまま渡さない仕組みが必要になります。
私たちの暮らしで変わり得ること
行政の現場には、同じような質問への対応、長い通知文の作成、法令や過去事例の検索など、時間を要する業務が多くあります。
AIが資料の候補を早く整理できれば、職員は「どの制度がこの人に当てはまるのか」「例外はないか」「次に何をすればよいか」という確認に時間を使えるかもしれません。労働相談や子育て、福祉、事業者支援のように事情を聞き取る必要がある窓口ほど、単純な事務作業を減らす意味は大きいはずです。
しかし、これは現時点で住民向けのAI窓口が完成したという話ではありません。まずは職員向けに、どの業務で効果が出るのか、どこに危険があるのかを確かめる実証です。政府自身も、2026年度は効果と課題を検証し、2027年度以降の本格導入を目指すとしている段階です。
導入を評価するなら、見るべきは三つ
1.回答は速くなったかだけでなく、正確になったか
AIはもっともらしい文章を作れても、制度の例外や最新の運用まで正しく理解しているとは限りません。特に給付、税、雇用、福祉の案内では、誤りが生活に直接響きます。
「回答までの時間が短くなった」だけで成功とするのでは不十分です。誤案内の件数、職員による確認の手順、間違いが判明したときの訂正方法まで公開されて初めて、住民は安心して使えます。
2.個人情報を扱うなら、説明と監督があるか
源内は政府統一基準に基づくセキュリティのもとで運用され、デジタル庁では一定の機密性を持つ情報を含む入力にも対応するとされています。
ただ、「安全な仕組みです」という説明だけで不安が消えるわけではありません。どの情報を入力できるのか、誰が閲覧できるのか、保存や利用の範囲はどうなっているのか。住民に関わる情報を扱うなら、分かる言葉で説明し、外部から検証できる形にする必要があります。
3.人手不足を口実に、対面支援を減らしていないか
人口減少の中で公共サービスを維持するためにAIを使うという問題意識には、現実味があります。一方で、オンライン手続きや文章だけの案内では解決しない相談もあります。
高齢者、障害のある人、日本語での説明を必要とする人、複雑な事情を抱える人にとっては、最後に話を聞き、判断を説明する人が必要です。AI活用の成果は、窓口の人を減らせたかではなく、必要な人が取り残されずに支援へつながったかで測るべきです。
地方自治体にも広がる可能性がある
源内の一部は、2026年4月にオープンソースとして公開されました。自治体が同様のAI利用環境をつくる際、基盤を一から開発する負担を減らし、特定の事業者への過度な依存を抑える狙いがあります。
これは、市役所や町役場に明日から同じAIが入るという意味ではありません。予算、情報管理、業務の優先順位、職員研修など、自治体ごとに解くべき課題があります。それでも、国で得た失敗と改善の記録を公開し、地域が使える形で共有するなら、人手の限られた自治体にとって選択肢は増えます。
「AIを入れた」ではなく、「困りごとが減った」で判断したい
政府がAIを使うこと自体は、もはや特別な話ではなくなりつつあります。2025年にはAI法が全面施行され、政府自らがAI活用を先導する枠組みも整いました。
大切なのは、導入台数や利用回数の多さではありません。制度を調べる時間が短くなったのか。窓口でたらい回しにされる人が減ったのか。間違いが起きたときに、きちんと直せるのか。
「源内」は、役所の仕事を変える可能性を持つ試みです。その成否は、AIがどれだけ賢いかより、行政が間違いを認めて改善できる仕組みをつくれるかにかかっています。
参考資料
- ガバメントAI「源内」|デジタル庁
- 「源内」をOSSとして公開しました|デジタル庁
- 行政における生成AIの調達・利活用ガイドライン第2.0版|デジタル庁
- 人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)|内閣府
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行政や企業がAIを使うときの責任、個人情報、住民への説明は、次の記事で続けて確認できます。


