『いつ知ったのか』に答えない斎藤知事――兵庫の財政危機と説明責任を問う

兵庫県の県債338億円問題と斎藤知事の説明責任 地方自治・兵庫県政

兵庫県の財政は、知事が「最近になって知った」と言って済ませられる段階ではない。

県は今年2月、実質公債費比率が起債許可基準の18%を超え、起債許可団体へ移行する見込みを自ら公表した。将来、25%に達すれば早期健全化団体となる。この二つは別の基準だが、どちらも県民の暮らしに直結する財政運営の危機である。

7月22日の定例記者会見で斎藤元彦知事は、早期健全化団体への移行リスクをいつ認識したのかと問われた。会見映像の該当部分で、知事は今回の県議会の議論を通じて認識した趣旨を答えた。

この答弁では足りない。足りないどころか、県政トップとしてあまりに無責任だ。

2月に見えていた18%超過と、7月に語られた「認識」

2月12日の当初予算案会見で、県は令和7年度決算の実質公債費比率を21.7%、3か年平均を19%と見込み、起債許可団体になる見通しを示した。続く2月17日の知事提案説明でも、県は18%超過見込みと、公債費負担適正化計画を策定する方針を明記している。

つまり、「財政は厳しい」という抽象論ではない。県債発行に国の許可が必要になる水準へ入る見込みが、少なくとも県の正式文書で県民に示されていた。

もちろん、起債許可団体の18%と早期健全化団体の25%は同じではない。知事が7月に答えたのは25%のリスクであり、2月の説明は18%超過の見込みだった、と反論することはできる。

だが、それで説明責任が消えるわけではない。むしろ問題はそこにある。25%に近づく中長期の見通しを、知事はいつ、どの資料で、誰から報告を受けたのか。2月の財政フレーム、7月13日の持続可能な財政運営検討会、そして7月22日の会見答弁は、一本の時系列として県民に説明されなければならない。

今回の県議会で認識したとする答弁だけを残せば、二つの不都合な可能性が残る。

一つは、知事が重大な財政リスクを長く把握していなかった可能性だ。もう一つは、把握していたのに、いつ認識し、どう対処を始めたのかを説明しない可能性である。どちらにしても、県政を預かる者の姿勢として看過できない。

「全面運休を避けた」だけでは、県民への説明にならない

同じ会見では、ドクターヘリの停止・運航調整も問われた。

関西広域連合は7月2日、整備士不足に伴う停止日程と、相互カバー、消防防災ヘリ、ドクターカー、救急車を活用する方針を公表している。したがって、停止が秘密にされていたと書くべきではない。

しかし会見で問われたのは、停止日がある現実を前に、県民へ何を、どのように伝えるのかだった。知事の答弁は、7月に概ね2週間の運航を確保したこと、8月以降の安定運航や2パイロット制に取り組むこと、熱中症対策に留意してほしいという一般論にとどまった。

全面運休の回避は成果である。だが、それは説明の代わりにはならない。

停止する日に、どの地域をどの機関がカバーするのか。119番通報の後に何が起きるのか。県民はどこで最新情報を確認できるのか。命に関わる医療インフラの問題で、県政トップが示すべきなのは「努力している」という言葉ではない。利用者が行動できる具体的な情報だ。

自分の案件だけ、説明の水準を下げていないか

会見では、前任者時代の財政上の不適切処理について、知事は、事案をオープンにし、経緯を検証し、改善の過程も県民に示すことが県の責任だという趣旨を述べた。

その原則自体に異論はない。問題は、知事が自らの対応を問われる公益通報文書問題でも、同じ原則を守っているかである。

元県民局長が亡くなったことを踏まえ、県の対応のどこが「適切」だったのかと問われた場面で、知事は従来答弁を繰り返し、県の対応は適正・適切・適法だったとの立場を示した。哀悼の意を述べることと、行政判断の根拠を説明することは別だ。

ここで死亡との因果関係を会見だけで断定することはできない。だからこそ、知事には逃げ道がない。因果を断じないのであればなおさら、何を根拠に「適切」と言うのか、第三者調査報告後に何を改めたのか、組織トップとしてどこに反省点はないと考えるのかを、資料と経過で示すべきである。

前任者時代の問題には「開示と検証」を掲げ、自らの判断が問われると「これまで答えたとおり」で済ませる。この落差は、単なる答弁技術の問題ではない。都合の悪い問題だけ説明の水準を下げるなら、「オープンな県政」は看板に過ぎない。

県民が求めているのは、弁明ではなく記録だ

斎藤知事が今、示すべきものは三つしかない。

第一に、25%の早期健全化リスクを初めて認識した日付、報告者、資料名である。第二に、ドクターヘリ停止時の代替体制を、県民へ誰がどの媒体で知らせるのかという具体的な運用である。第三に、公益通報文書問題について「適切」と言い続ける根拠と、第三者調査後に改めた措置の一覧である。

会見は、質問を受け流すための儀式ではない。県民が行政の判断を検証するための場だ。

いつ知ったのか。なぜその時点で説明しなかったのか。何を改めたのか。

この三つに資料と時系列で答えない限り、斎藤知事の「責任」という言葉を、県民が信頼する理由はない。


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