2026年6月の東京・杉並区長選は、「YouTube広告を使わない」と宣言した現職が、広告を大量投下したとみられる自民推薦候補にダブルスコア超の圧勝という結果になりました。ネット選挙は「カネをかけた露出の量」ではなく「発信の質と信頼」の勝負になりつつある——地方選挙のネット戦術を考えるうえで教科書的な事例、かつこれまでの自民党の大量広告出稿に対するアンチテーゼとなった事例なので、構造から整理します。
選挙結果の事実関係
まず確定した事実から。杉並区長選は6月28日投票・29日開票で、現職の岸本聡子氏(51)が106,487票(得票率52.74%)で再選。自民党推薦の前区議・大和田伸氏(45)が46,250票、前区長の田中良氏(65)が33,259票、地域政党「再生の道」推薦の増田義彦氏(68)が15,877票でした。落選3候補の票を全て足しても岸本氏に届かない圧勝です(朝日新聞、J-CASTニュース)。
注目すべきは投票率で、42.54%と前回から約5ポイント上昇し、2010年以来の40%超(東京新聞)。自民党が27年ぶりに推薦候補を立て、首相経験者や高市内閣の閣僚が応援に入る「与野党対決」の構図で、関心が大きく高まった選挙でした。前回2022年はわずか187票差の大接戦だったことを思えば、約6万票差への変化は劇的です。
対照的だった2つのネット戦術
この選挙が面白いのは、両陣営のネット戦術が正反対だったことです。
岸本陣営:広告ゼロ宣言のオーガニック型。 朝日新聞によれば、岸本氏は政党の推薦・支持を受けず、選挙戦で「YouTube広告を使わない」と宣言。XやInstagramで政策と支援者の応援メッセージを展開し、支援する市民団体がフル稼働する形で浸透を図りました。
大和田陣営:広告出稿をうかがわせる露出型。 当チャンネルの検証では、大和田氏のYouTubeチャンネルは登録者約800人にもかかわらず、一部動画が数万〜50万回再生に達するという、登録者数と再生数が極端に乖離した分布を示していました。通常の動画は数百回再生である一方、特定の動画だけが桁違いに伸びる形は、広告出稿による再生とみられます。また、それらの動画では低評価が高評価を上回るものも確認されました(→検証動画)。
「広告っぽい動画」の見分け方
選挙のたびに使える、広告出稿をうかがわせる動画の見分け方を4つ挙げます。
①登録者数と再生数の乖離——登録者数百人のチャンネルで数十万再生は、オーガニックではまず起きません。
②高評価・低評価の比率——広告で「見たくない人にも」届いた動画は低評価比率が上がる傾向があります。
③再生数とエンゲージメントの乖離——数十万再生なのにコメントが数十件なら、視聴の多くが受動的だった可能性。
④チャンネル内の再生分布——特定の動画だけ不自然に突出していないか。
なお、選挙運動用のネット広告には公職選挙法上のルールがあり、支出は選挙運動費用収支報告書で後日確認できます。金額の実態はそこで検証可能になります。
なぜ「量」は「票」にならなかったのか
構造的な理由を3つ整理します。
第一に、押し付け型の露出は反発を生む。 私も動画内でいじりましたが、広告で強制的に表示される候補者動画は、関心のない層には単なるノイズであり、低評価やネガティブなコメントという逆効果すら生みます。検証した動画のコメント欄にも、広告表示への反発が目立ちました。
第二に、地方選挙では「知名度の質」が問われる。 東京新聞は敗因として大和田氏本人の知名度不足を挙げています。広告は名前の認知は作れても、「区政を任せられる人物」という信頼は作れません。一方の岸本氏は給食費無償化やパートナーシップ制度など1期目の実績と「対話の区政」を前面に出しており、告示前後には区民主催の公開討論会が4回開かれるなど、有権者が判断材料を持てる環境がありました(東京新聞)。
第三に、投票率が上がる選挙ほど、空中戦より地上戦が効く。 投票率5ポイント上昇は「普段投票しない層」が動いたことを意味します。この層を動かしたのは広告ではなく、争点の明確化と市民団体の対面での働きかけだったとみられます。
国政との「ズレ」という文脈
もう一つの論点は国政支持率との乖離です。J-CASTニュースは、6月の日経・テレビ東京調査で高市内閣の支持率が約7割と高水準だったにもかかわらず、都内では3月の清瀬市長選、4月の練馬区長選に続いて自民系候補が敗れた点を指摘しています。内閣支持率の高さが地方の首長選にそのまま反映されない現象は、来年の統一地方選を見るうえでの重要な観察ポイントです。なお、世論調査の数字そのものの読み方には別の論点があり、こちらの記事で詳しく扱っています。
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更新履歴
- 2026-07-16 初版公開

