結論から言うと、福岡県の条例案は、県職員への「口利き」「威圧」「過度な対応要求」などを禁止し、県の側にも相談体制や事案への対応を求める制度です。ただし、どの行為をどう記録し、誰が不当性を判断し、どの段階で氏名を公表するのかは、条例だけで完結せず、今後の要綱や運用に左右されます。
服部誠太郎福岡県知事は2026年9月2日、県職員を対象にした匿名アンケートの結果と、9月定例会に提案する条例案の概要を公表しました。アンケートでは、対象243人のうち233人が回答し、119人が、地位や影響力を背景にした不当な要求や威圧的な言動を「受けた、または見聞きしたことがある」と回答しています。
この数字だけで、特定の議員や職員の違法行為が認定されたわけではありません。個人や個別事案が特定される内容も公表されていません。この記事では、確認できる調査結果、条例案の仕組み、まだ決まっていない運用を分けて整理します。
条例案は何を変えるのか
条例案の目的は、職員に対して優位な地位や影響力を持つ者が、その立場を利用して不当な要求や働きかけ、威圧的な言動などを行うことを防ぎ、職員が公正に職務を行える環境を整えることです。福岡県議会の提出議案一覧では、第124号議案として掲載されています。
| 項目 | 条例案の概要 |
|---|---|
| 禁止行為 | 優位な地位や影響力を利用して、不当な要求等を行ってはならない |
| 任命権者の責務 | 職員が公正に職務を行える職場環境と相談体制を整える |
| 事実確認後の対応 | 確認した事実の態様に応じて適切に対応する |
| 氏名・概要の公表 | 重大性や社会的影響から必要と認める場合に公表する |
| 詳細な運用 | 防止策や発生時の対応は、任命権者が別に定める |
| 施行期日 | 公布の日 |
つまり、単なる努力目標ではなく、禁止行為、県の対応、相談体制、場合によっては氏名公表までを条例に置く構成です。一方で、詳細な手続きは任命権者が定めるとされているため、条例が成立した場合は、要綱・相談窓口・記録様式・公表基準まで追わなければ実効性を判断できません。
条例案の全文ではなく、県が公表した概要に基づく整理であることにも注意が必要です。最終的な条文が修正された場合は、成立した条例を優先して更新します。
参考:福岡県「条例の制定について」/福岡県議会・令和8年9月定例会の提出議案件名
職員アンケートで分かった119人の回答
アンケートは2026年8月17日から21日まで、知事部局の本庁・出先機関で所属長以上の職にある職員243人を対象に、匿名で行われました。回答者は233人、回答率は95.9%です。
| 確認項目 | 公表された結果 |
|---|---|
| 不当な要求等を受けた、または見聞きした | 119人(51%) |
| 行為者として最も多かった区分 | 国・県・市町村議員 103件 |
| 次に多かった行為者の区分 | 事業者・各種団体等 38件 |
| 最も多かった行為類型 | 口利き・不当な働きかけ 75件 |
| 次に多かった行為類型 | 威圧的・侮辱的言動 45件 |
| その次に多かった行為類型 | 過度な対応要求 31件 |
県の調査資料では、行為者と行為類型は複数回答として集計されています。したがって、103件、75件、45件、31件を単純に足して、別々の事件数や加害者数と扱うことはできません。
公表された例には、業務委託や工事発注で特定事業者を選ぶよう求める働きかけ、発注予定金額の事前提供を求める働きかけ、補助金採択で便宜を求める働きかけ、人格を否定する暴言、長時間の追及、「従わなければ不利益を受ける」と示唆する発言、深夜・休日の連絡や急な呼び出しなどがあります。
これらは県が調査結果の例として公表した類型です。個人や個別事案を特定する情報は掲載されていません。したがって、数字から特定の議員や団体を推測することはできませんし、推測で名前を挙げるべきでもありません。
「不当な要求」は、すべての要望や批判ではない
条例案が対象にするのは、政治家や事業者などからの要望をすべて禁止することではありません。県民や議員が政策の改善を求めたり、行政の対応を批判したりすること自体は、民主的な行政に必要な行為です。
問題になるのは、優位な地位や影響力を利用し、契約相手の選定、補助金の採択、発注情報の提供などで不当な便宜を求めること、要求に従わなければ不利益があると示唆すること、職員の人格を傷つけたり過度な対応を強いたりすることです。
ただし、公開された条例案の概要では、防止策や事案発生時の対応の詳細を任命権者が別に定めるとされています。正当な要望と不当な働きかけの境界を、誰がどの証拠で判断するのかは、条例案を読むだけでは十分に分かりません。
この境界が曖昧なままだと、職員を守る制度が、正当な政策提案まで萎縮させるおそれがあります。逆に、境界を狭くしすぎれば、威圧や口利きを「単なる要望」として処理する余地が残ります。運用基準の公開と、判断後に争う手続きが必要になります。
氏名公表と相談窓口は、どう運用されるのか
条例案は、不当な要求等の事実を確認した場合、態様に応じて対応し、重大性や社会的影響から必要と認めるときは、行為者の氏名や行為の概要を公表するとしています。すべての相談や申告を自動的に公表する仕組みではありません。
氏名公表を行うなら、事実確認の方法、本人への通知、反論や訂正の機会、非公表とする基準、個人情報の扱いをあらかじめ示す必要があります。公表は強い措置だからこそ、基準が事後的に決まると、職員にも要求者にも不透明さが残ります。
福岡県の記者会見では、内部窓口に加えて、弁護士による外部窓口も設け、職員が相談しやすい体制を整える方針が説明されています。条例案の概要でも、任命権者に必要な相談体制の整備を求めています。
さらに、条例案は、不当な要求等を行った者が任命権者である場合、任命権者を補佐する立場の者が対応するとしています。権限者自身が当事者になった場合の対応を置いた点は重要ですが、その補佐者の独立性や、外部窓口へ直接つなぐ条件は、今後の運用で確認すべき点です。
この条例案は、職員が相手の地位を恐れて一人で抱え込まないための制度です。相談した職員が不利益を受けないこと、相談記録が適切に保管されること、事実確認を理由に告発者探しが起きないことも、制度の実効性を測る条件になります。
条例案と同時に、職員倫理規則も変わった
この問題は、条例案だけを見ていると全体像を外します。条例案が主に、職員に対して優位な地位や影響力を持つ者の行為と、任命権者による相談・対応を定めるのに対し、福岡県は2026年9月9日、職員側の行動を定める「福岡県職員倫理規則」も改正し、同日施行しました。
| 制度 | 主な対象 | 主な内容 | 2026年9月16日現在 |
|---|---|---|---|
| 不当な要求等の防止に関する条例案 | 職員に対して優位な地位や影響力を持つ者、任命権者 | 不当な要求等の禁止、相談体制、事実確認後の対応、重大事案での氏名・概要の公表 | 第124号議案として提案、審議中 |
| 福岡県職員倫理規則 | 県職員、職員の親睦団体 | 議員との贈答・接待等、親睦団体の政治的支出、議会質問情報の共有や質問原稿作成を禁止行為として追加 | 9月9日施行 |
改正された倫理規則では、議員との関係で、金銭・物品・不動産の贈与、貸付け、無償のサービス、債務の保証や弁済、未公開株、供応接待、共に行う飲食・遊技・ゴルフ・旅行などが禁止行為として追加されています。一般に配布される宣伝物、通常の儀礼、職員が費用を負担する活動など、県が示す例外もあります。
さらに、職員の親睦団体による政党等への寄附・助成、議員や関係者への贈答、政治団体の機関紙・新聞の購入を禁止。議会質問についても、議員や会派から提供された質問情報を他の議員・会派に提供することと、質問原稿を作成することを禁止しました。
これは、条例案と倫理規則を一つの処分制度とみなす、という意味ではありません。外部から職員に向けられる不当な要求を止めるルールと、職員側が議員との関係で守る倫理上のルールを分けて置いたものです。匿名アンケートの「119人」という回答も、改正規則違反や個別の違法性を直接証明する数字ではありません。
県が進める「関係改革」は、条例より広い
福岡県の「改革の地図」は、議会と執行部の関係について、約40年前からの歴史的経緯の中で、事実上の上下関係や過度な配慮が生じていたと県自身が説明しています。これは県が公表した改革の位置付けであり、第三者による歴史検証の結論として書かれているものではありません。
- 2026年7月29日:議員・会派から得た議会質問の情報を他の議員・会派に共有すること、質問原稿を作成することを禁止
- 8月4日:従来の「根回し」を廃止し、情報提供や説明の方法を見直す
- 9月9日:職員倫理規則を改正・施行
- 9月9日:不当な要求等の防止に関する条例案を第124号議案として県議会に提出
改革の資料には、答弁後の謝意のあいさつ、答弁時に立つ慣行、議員を「先生」と呼ぶことの見直し、情報を原則として一斉に公表すること、代表者会議前の説明対象を限定すること、その他の議員には電子メールで情報を送ることなども記載されています。問題は、威圧的な言葉があったかどうかだけではありません。誰に、いつ、どの情報が渡り、どのような記録が残るのかという行政運営の設計にも関わります。
一方で、これらは県が決めた改革方針や運用変更です。実際に現場で守られているか、例外がどのように記録されるか、議員側にも同じ認識が共有されているかは、今後の議会審議と実施状況を見なければ判断できません。
既存のカスタマーハラスメント対策とは、別の角度から見る
福岡県には、行政サービスの利用者などからのカスタマーハラスメントへの既存の対策もあります。県は、要求の内容に妥当性がない、または方法が社会通念上不相当で、職員の勤務環境を害するものをカスタマーハラスメントと説明しています。2020年4月1日から2023年6月30日までの調査では、168件が報告され、約3割の事業所で発生していました。
既存対策の主な類型は、同じ要求の繰り返しや時間的拘束、暴言・脅迫、権威を振りかざす行為、SNSやインターネット上の中傷です。今回の条例案にも、長時間の叱責や威圧、過度な対応要求と重なって見える場面はあります。
ただし、二つの制度は入口が異なります。カスタマーハラスメント対策は行政サービスの利用者等との関係が中心で、今回の条例案は、職員に対する優位な地位や影響力を背景にした不当な要求と、行政の公正な執行を問題にしています。現場で事案を受け付けるときは、行為の態様だけでなく、相手の立場、要求の目的、職務への影響を記録できる基準が必要です。
9月定例会の現在地|9月15日の初日と、これからの答弁
福岡県議会の日程では、9月15日から17日に代表質問が予定されています。公式の代表質問表には、9月16日の原田博史議員、9月17日の椛島徳博議員の質問項目として、条例案や議会との関係改革に関するテーマが掲載されています。質問表は予定であり、実際の答弁や議決結果そのものではありません。
9月15日の初日については、KBCが、事前の「根回し」をしない運用のもとで想定していなかった再質問が出され、知事が答弁に詰まる場面や職員が答弁資料を手渡す場面があったと報じました。これは報道による現場の観察であり、公式会議録や県議会の記録で答弁内容を確定できるまでは、議会改革の成否を断定する材料にはしません。
2026年9月16日現在、この記事で確認できる公式ページは質問予定と議案提出の段階です。今後は、①質問の正確な文言、②知事・執行部の答弁、③再質問への対応、④条例案の修正や議決、⑤倫理規則や関係改革の実施状況を分けて追記します。速報記事の印象だけでなく、会議録・配信記録・県の公表資料を突き合わせることが重要です。
参考:福岡県議会・令和8年9月定例会の日程/代表質問表/KBC NEWS・9月15日の代表質問に関する報道
9月定例会で確認すべき5つの論点
福岡県議会の代表質問表では、9月16日に原田博史議員が、海外活動と不当要求防止条例案を質問項目に挙げています。9月17日の椛島徳博議員の質問項目にも、同条例、第三者委員会、県職員採用問題などが含まれています。ただし、質問表は予定項目であり、実際の答弁や議決結果ではありません。
- 「優位な地位又は影響力」をどう判断するのか。議員、国会議員、自治体幹部、事業者、団体、元職など、どの範囲を想定するのか。
- 相談・記録・事実確認を誰が担うのか。担当部局、内部統制室、外部弁護士、第三者機関の役割分担は明確か。
- 正当な要望と不当な働きかけの境界をどう示すのか。契約、補助金、採用、許認可、質問準備など、場面ごとの基準は公開されるか。
- 氏名公表の手続きは何か。公表基準、本人への通知、反論の機会、非公表情報の扱いを確認できるか。
- 過去の事案をどう扱うのか。匿名アンケートで把握した問題を、今後の再発防止だけでなく、原因や対応の検証につなげるのか。
とくに5点目は、アンケートの限界と関係します。匿名調査は実態把握には役立ちますが、いつ、誰が、何を求め、職員がどう対応し、県民の利益にどのような影響があったのかまでは特定できません。過去の事案を調べる場合は、アンケートとは別の記録や証言が必要です。
参考:福岡県議会・令和8年9月定例会の代表質問表/福岡県知事定例記者会見・2026年9月2日
政経プラスの評価|条例の成立より、運用の公開が本体
福岡県が匿名アンケートを行い、職員を守る条例案を議会に提案したことは、これまで見えにくかった行政内部の圧力を制度の議題にした点で、一歩前進です。口利きや威圧を「政治家と職員の個人的な関係」の問題に閉じず、公正な行政運営の問題として扱う方向は評価できます。
しかし、条例が成立しただけで、過去の不当要求が解明されるわけではありません。119人という回答は重い一方、匿名調査であり、個別事案の違法性や県民への具体的な損害を確定する数字ではありません。
本当に見るべきなのは、条例成立後に、相談窓口が機能するか、記録が残るか、職員が報復を恐れず相談できるか、誰が事実を認定するか、重大事案の公表基準が公開されるかです。詳細を県の内部ルールだけに委ねるなら、そのルール自体を議会と県民が検証できる仕組みにしなければなりません。
議会と執行部の関係を見直す改革、政治倫理条例、第三者委員会の調査は、それぞれ別の制度です。ただ、共通する問いはあります。権力のある側の要望が、職員の判断や行政の公正さを歪めていないか。問題が起きたとき、記録と説明が残る仕組みになっているか。条例案の審議では、この二つを具体的に確認します。
よくある質問
福岡県の不当要求防止条例案とは何ですか?
職員に対して優位な地位や影響力を持つ者が、その立場を利用して不当な要求や働きかけ、威圧的な言動などを行うことを防ぐ条例案です。県に相談体制の整備や、事実確認後の対応を求める内容が含まれています。
政治家からの要望は、すべて禁止されるのですか?
いいえ。政策提案や行政への正当な要望、批判まで禁止するものではありません。問題になるのは、地位や影響力を利用して不当な便宜を求めたり、威圧したり、職場環境を害したりする行為です。具体的な判断基準は今後の運用で確認が必要です。
119人の回答は、議員の違法行為を証明する数字ですか?
違います。119人は、不当な要求や威圧的な言動を受けた、または見聞きしたことがあると答えた人数です。匿名アンケートで、個別の行為者や事案を特定するものではありません。違法性や責任の有無は、個別資料に基づいて別に確認する必要があります。
事実が確認された場合、相手の名前は公表されますか?
重大性や社会的影響から必要と認められる場合、氏名や行為の概要を公表するとされています。自動的に公表されるわけではありません。公表基準、反論の機会、個人情報の扱いなどは、条例成立後の運用を確認します。
まとめ
- 福岡県は2026年9月定例会に不当要求防止条例案を第124号議案として提案した
- 匿名アンケートでは243人中233人が回答し、119人が経験または見聞を回答した
- 行為者は国・県・市町村議員が103件、行為類型は口利き・不当な働きかけが75件で最多だった
- 条例案は相談体制、事実確認後の対応、重大事案での氏名公表を定める
- 職員倫理規則は2026年9月9日に施行され、議員との関係での接待等や質問原稿作成などを禁止した
- 実効性を決めるのは、条例成立後の要綱、記録、相談窓口、事実確認、公表基準と、関係改革が現場で続くかどうかである
県職員を守ることは、行政を県民の利益のために動かすための条件です。条例ができたかどうかだけでなく、誰の要求が、いつ、どのように記録され、どの基準で判断されたのかを追います。
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確認資料・参考リンク
- 福岡県・不当な要求等に関する調査結果と条例案
- 福岡県・職員アンケート調査結果PDF
- 福岡県・条例案の概要PDF
- 福岡県議会・第124号議案
- 福岡県知事定例記者会見・2026年9月2日
- 福岡県議会・9月定例会代表質問表
この記事は、条例案の成立・修正・議決結果、運用要綱の公表に応じて更新します。

