斎藤元彦知事が菅野完氏を刑事告訴――会見で問われる「言論と権力」

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この記事は、YouTube動画の内容をもとに、ブログ掲載用に読みやすく再構成したものです。固有名詞・数字・日付については可能な範囲で確認していますが、最終的な正確性については元動画および一次資料もあわせてご確認ください。

兵庫県の斎藤元彦知事が、記者会見中の発言をめぐり、フリージャーナリストの菅野完氏を名誉毀損容疑で刑事告訴したことが明らかになりました。

問題となったのは、2026年6月3日の定例記者会見です。菅野氏は、元西播磨県民局長に対する斎藤知事の説明に強く反発し、会見中に厳しい言葉を投げかけました。

その表現が不適切だったかどうかと、刑事責任が成立するかどうかは、分けて考える必要があります。

今回の動画では、刑事告訴に至った経緯に加え、権力者が批判的な言論に対して刑事手続きを用いることの意味、記者会見の役割、斎藤知事自身の過去の発言との整合性、そして「県政は本当に前に進んでいるのか」という問題を取り上げました。

斎藤元彦知事が菅野完氏を刑事告訴

報道によると、斎藤元彦知事は、2026年6月3日の定例記者会見で発言した菅野完氏を、名誉毀損容疑で刑事告訴しました。

告訴状は6月9日に兵庫県警生田警察署で受理されたと報じられています。

斎藤知事は翌6月10日の定例記者会見で、問題となった発言について、公人としての受忍限度を超える極めて不適切な発言だったという趣旨の説明をし、法的な手続きを進めていることを明らかにしました。

ここで確認しておきたいのは、告訴状が警察に受理されたことと、犯罪の成立や有罪が確定したことは、まったく別だという点です。

告訴状の受理は、捜査機関が告訴を受け付けたという段階です。今後、具体的にどのような捜査や判断が行われるのかは、現時点では分かりません。

6月3日の記者会見で何があったのか

問題となった6月3日の会見では、しんぶん赤旗の記者が、元西播磨県民局長に対する懲戒処分について質問していました。

斎藤知事は、元県民局長から処分に対する不服申し立てがなかったことを理由に、結果として処分を受け入れたものと認識しているという趣旨の説明を繰り返しました。

これに対し、記者は、元県民局長が残した文書の内容を紹介しました。

その文書には、元県民局長が、かつての同僚である兵庫県職員を訴えることにためらいがあり、不服申し立てをできるだけ待っていたという趣旨の記述があったと説明されています。

元県民局長は、不服申し立ての期限を迎える前に亡くなりました。

それでも斎藤知事が「結果的に不服申し立てはされなかった」と説明したことに対し、会見に出席していた菅野氏が強く反発しました。

兵庫県の公式会見録では、菅野氏の発言として、次の部分が掲載されています。

死んだやんけ、死んだからできんかったんやろ。人の死を愚弄するな。

この後に続いた表現について、県の公式会見録では「不適切な発言」として削除されています。

報道や動画内で紹介された資料によると、削除された部分には「人殺し」という表現が含まれていたとされています。

斎藤知事は、この発言の撤回を求めました。しかし、菅野氏は撤回しないと述べて、会見場を退出しました。

不適切な発言と犯罪の成立は別の問題

菅野氏の発言が、記者会見の場にふさわしいものだったかについては、当然、批判や議論があり得ます。

怒りがあったとしても、「人殺し」という表現は非常に強い言葉です。表現の方法として適切だったのかという問題は残ります。

しかし、発言が不適切だったという評価と、刑法上の名誉毀損罪などが成立するかどうかは、同じではありません。

動画内で紹介したXの投稿では、菅野氏の発言について、具体的な事実を示したというよりも、「人を死に追い込んだも同然だ」という意見や論評として発せられたものではないか、という指摘がありました。

これは投稿者による見解であり、犯罪の成否を確定するものではありません。

実際に名誉毀損罪などが成立するかどうかは、発言全体の文脈や意味、事実の摘示に当たるのか、公共性や公益目的が認められるのかなどを踏まえて、捜査機関や司法が判断することになります。

刑事告訴が記者の質問を萎縮させないか

動画で最も大きな問題として取り上げたのは、選挙で選ばれた現職知事が、自分に向けられた批判的な発言を理由に、刑事告訴という手段を選んだことです。

もちろん、政治家や知事にも名誉や人格権があり、著しく権利を侵害されたと考えた場合に、法的な手続きを取る権利はあります。

一方で、法的手続きを取る権利があることと、その対応が政治的に妥当かどうかは、別の問題です。

政治家は、公的な権力を行使する立場にあります。そのため、一般の個人よりも広い範囲で批判や論評を受けることが想定されています。

その政治家が、記者会見で自分に向けられた強い批判に対して刑事告訴を行えば、ほかの記者や参加者が質問をためらう可能性があります。

「この言葉を使えば告訴されるのではないか」

「強く追及すれば、法的措置を取られるのではないか」

そのような空気が広がれば、記者会見における質問や権力監視の機能が弱くなりかねません。

刑事告訴が法律上認められた手続きであることと、それが言論空間に与える萎縮効果は、分けて検討する必要があります。

補足:知事が警察を直接指揮するわけではない

動画内で紹介した意見の中には、「知事が警察権力を使って批判を抑えようとしている」という趣旨の表現がありました。

ただし、制度上、兵庫県警察は兵庫県公安委員会の管理下にあり、知事が個別の捜査を直接指揮・命令する立場ではありません。

したがって、斎藤知事自身が捜査内容や処分を決定できるわけではありません。

一方で、現職知事が自分への批判を理由に県警へ刑事告訴するという構図が、記者や県民にどのような印象や萎縮効果を与えるのかは、別途考える必要があります。

記者会見は誰のための場なのか

動画では、ライター・編集者の松本創氏によるXへの投稿も紹介しました。

松本氏は、斎藤知事の記者会見について、質問に正面から答えず、同じような説明を長く繰り返すことで時間を消費しているという趣旨の批判をしています。

また、記者が回答を遮った場合に、斎藤知事が県政記者クラブの幹事社に対応を求める場面についても、問題を指摘しています。

松本氏は、定例記者会見について、知事が県政を一方的に宣伝する場所ではなく、記者からの質問に答え、説明責任を果たす場所だという考えを示しています。

この指摘は重要です。

記者会見は、知事にとって都合のよい情報だけを発信する広報の場ではありません。

県政に疑問や問題があれば、記者が質問し、知事がその判断や根拠を説明する。そのやり取りを県民が確認するための場です。

質問が厳しいからといって、記者を敵視したり、会見への参加を困難にしたりすれば、会見の本来の役割が失われてしまいます。

メディアを「広報機関」と考えていないか

松本氏は、斎藤知事がメディアを、自分の言動や権力行使を監視する存在ではなく、自分を宣伝してくれる存在として見ているのではないか、という趣旨の批判もしています。

これは、松本氏による斎藤知事への評価です。

動画では、斎藤知事の公式YouTubeチャンネルに投稿された「ぶらり。芦屋」という動画も取り上げました。

斎藤知事が芦屋市内を歩き、カフェでアイスコーヒーを飲む様子などを映した動画で、画面には「第一話:待ち合わせ」という表示がありました。

コメント欄には、次のような好意的な反応が並んでいました。

  • 「芦屋に来られていたんだ。会いたかった」
  • 「芦屋の街並みの中の知事もすてき」
  • 「トレンディードラマのようなサムネイル」
  • 「我が県の知事は躍動している」

支持者が知事の活動を評価し、好意的なコメントを寄せること自体は、何ら問題ではありません。

しかし、厳しい質問が行われる記者会見を避け、自分に好意的な反応だけが集まるSNSやYouTubeを主な発信の場にしていけば、県政に対する批判や疑問が本人に届きにくくなります。

「雲中、雲を見ず」という言葉

動画では、「雲中、雲を見ず」という言葉も紹介しました。

雲の中にいる本人には、雲の全体像が見えない。つまり、ある状況の真っただ中にいると、自分が置かれている状況を客観的に見ることが難しくなるという意味で使われる言葉です。

斎藤知事は、過去にこの言葉を座右の銘として紹介していたとされています。

しかし、自分を支持する声ばかりに囲まれ、批判的な意見を敵対的なものとして退けるようになれば、本人が最も避けるべき「雲の中」に入り込んでしまうことになります。

自分に対する称賛だけでなく、厳しい批判にも耳を傾けることは、権力を持つ立場の人にとって特に重要です。

「嘘八百」「公務員失格」との整合性

今回の刑事告訴を考えるうえで、避けて通れないのが、斎藤知事自身の過去の発言です。

斎藤知事は2024年3月27日の記者会見で、元西播磨県民局長が作成した告発文書について、次のような趣旨の発言をしました。

嘘八百を含めて文書を作って流す行為は、公務員としては失格です。

元県民局長の主張について、十分な調査が行われる前の段階で、「嘘八百」「公務員失格」という非常に強い表現を使ったことになります。

斎藤知事は後に、強い表現を使ったことについて「反省している」と述べています。

ただし、「嘘八百」「公務員失格」という発言を明確に撤回したわけではありません。

動画内の会見映像では、記者が斎藤知事に対し、「公務員失格」「嘘八百」という言葉もひどい言葉ではないかと問いかけています。

しかし、斎藤知事は公益通報者保護法に関する従来の見解を繰り返し、記者から「きちんと答えてもらっていない」と指摘されても、質問に直接答えないまま次へ進もうとしました。

ここで動画が指摘したのは、対応の一貫性です。

自分に向けられた「人殺し」という言葉については、公人としての受忍限度を超えているとして刑事告訴する。

一方で、自分が元県民局長に向けた「嘘八百」「公務員失格」という言葉については、表現が強かったと反省しながらも、明確には撤回しない。

この違いを、県民に納得できる形で説明できるのかが問われています。

「自分が言われたときだけ反論する」のか

動画では、この場面について、次のような問題提起をしました。

菅野さんに自分が言われたときだけは反論する。

もちろん、二つの発言は、使われた状況も対象も異なります。単純に同一視することはできません。

それでも、自分に対する強い言葉には法的措置を取りながら、自分が権限を持つ職員に対して用いた強い言葉については撤回しないのであれば、ダブルスタンダードではないかという疑問が生じます。

権力を持つ側には、自分に向けられた言葉に敏感になるだけでなく、自分が発した言葉が相手に与えた影響についても、同じように向き合う姿勢が必要です。

県政は本当に前に進んでいるのか

動画の後半では、「県政は本当に前に進んでいるのか」という問題も取り上げました。

記者は、県政を前に進めているという斎藤知事の説明に対し、具体的に何が前に進んだのか、三つの事例を示すよう求めました。

斎藤知事は、主に次のような内容を説明しました。

  • 金利上昇なども踏まえた財政運営
  • 検討委員会などを設置し、将来へ問題を先送りしないこと
  • 県庁舎の整備について、建設費だけでなく運営費も含めて見直すこと
  • 財政面で約100億円程度の積み上げがあること

これらは、斎藤知事が県政運営について示した説明です。

しかし動画では、記者が求めた「県政が前に進んだ具体的な成果を三つ」という質問に対して、明確に三つの実績を示した回答にはなっていないのではないか、と指摘しました。

検討委員会を設置したことや、見直しを始めたことは、行政上の取り組みではあります。

ただし、取り組みを始めたことと、県民生活にどのような成果が生まれたのかは別の問題です。

「県政を前に進める」という言葉を繰り返すのであれば、何を実施し、どのような数字や結果が出たのかを、より具体的に説明する必要があります。

刑事告訴によって何が問われるのか

今回の刑事告訴について、現時点で刑事責任の有無を断定することはできません。

菅野氏の発言が不適切だったのか、名誉毀損罪などが成立するのかについては、今後の捜査や司法判断を見守る必要があります。

しかし、この問題は、単に菅野氏の発言だけにとどまりません。

問われているのは、権力者が批判的な言論にどう向き合うのかという姿勢です。

自分への批判に対して刑事告訴を選ぶ一方、自分が過去に使った強い言葉については明確に撤回しない。その姿勢に一貫性があるのか。

記者会見を説明責任の場として維持できているのか。それとも、自分に都合のよい発信だけを行う場へ移ろうとしているのか。

そして、「県政を前に進める」という言葉に見合う、具体的な成果を県民に示すことができているのか。

今回の刑事告訴をきっかけに、斎藤知事の言論に対する姿勢と、記者会見のあり方が、改めて問われています。

 

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