兵庫県の「338億円問題」を、前知事の責任だけで終わらせてよいのでしょうか。
県の説明によると、2020年度、公共用地の売却で338億円の収入が生じていたにもかかわらず、その分を返済に回さず、県債490億円を全額借り換えました。県が2026年7月13日に公表した資料は、この処理を「地財法に抵触する起債」と整理しています。
斎藤元彦知事は、当時の井戸敏三知事から全額借り換えと県債管理基金の残高確保を指示されたとの報告を受けた、と説明しました。
ただし、「前知事の指示があった」という説明だけでは、この問題の全体像は見えません。指示を出した責任、法令を確認して執行する責任、問題を発見する責任、県民に説明する責任、そして是正する責任は、それぞれ別だからです。
まず、何が起きたのか
兵庫県は2000年度、将来の公共事業に使う土地を先に取得するため、公共用地先行取得等事業債、いわゆる「用先債」を490億円発行しました。
2010年度の満期時点では土地売却収入がなかったため、県は490億円を全額借り換えました。その後、2017年度から土地の買い戻しが進み、2020年度までに338億円の売却収入が生じました。
本来は、2020年度の借り換え時に338億円を返済へ回し、未売却分の152億円だけを借り換えるのが原則でした。ところが県は、再び490億円全額を借り換え、338億円を県債管理基金に残しました。
県は、この処理について総務省から地方財政法に抵触するおそれがあるとの見解を受け、基金残高と実質公債費比率の修正・見直しを進めています。
責任は5つに分けて考えるべきだ
| 責任の段階 | 主に検証すべき対象 | 問われること |
|---|---|---|
| 意思決定責任 | 当時の知事、当時の幹部 | 誰が、どの資料を見て、何を指示・了承したのか |
| 執行責任 | 財政当局、実務担当部局 | 法令適合性をどう確認し、なぜ全額借り換えを実行したのか |
| 検知責任 | 財政部門、内部統制、監査 | なぜ決算や財政指標の確認で発見できなかったのか |
| 監督・説明責任 | 現知事、現幹部、県議会 | なぜ2026年まで判明せず、県民にどう説明するのか |
| 是正責任 | 現県政、県議会 | 誰の負担で、どの方法により問題を正すのか |
責任は、全員に同じ重さであるという意味ではありません。事実関係を段階ごとに分けなければ、逆に最も重い責任がどこにあるのかも判断できない、ということです。
1.当時の知事には「意思決定責任」がある
斎藤知事は2026年7月15日の会見で、2019年2月ごろの予算協議において、当時の知事から、2020年度に用先債を全額借り換え、土地売却収入も2030年度まで基金に留保するよう指示があったとの報告を受けた、と述べました。
この説明が確認されれば、当時の知事には重い意思決定責任があります。基金残高を確保する目的で、本来返済に使うべき売却収入を残し、借り換えを続ける判断をしたことになるからです。
一方、現段階で公表されているのは、現在の財政当局から現知事への報告内容です。指示の原文、協議記録、決裁文書、当時の知事本人への確認結果は、まだ十分に示されていません。
「指示があった」という説明を結論にするのではなく、誰が案を作り、誰が法的な問題を認識し、誰が最終決定したのかを記録で確かめる必要があります。
2.財政当局には「執行と法令確認の責任」がある
仮に知事から指示があったとしても、実際に県債を発行し、基金を管理し、総務省との協議を担うのは財政当局です。
行政組織では、政治的な指示があれば実務側の責任が消えるわけではありません。法令に適合するのか、売却収入を返済に充てなくてよいのか、財政指標の算定にどのような影響が出るのかを確認し、問題があれば知事に伝える役割があります。
検証すべきなのは、当時の担当者を感情的に責めることではありません。法令照会をしたのか、総務省にどのような説明をしたのか、内部で異論はなかったのか、決裁はどの経路を通ったのかです。
ここが曖昧なままでは、知事が交代しても同じ問題が起こり得ます。
3.現県政には「発見できなかった責任」と「説明責任」がある
斎藤知事は、財政当局から2026年7月上旬に報告を受け、初めて認識したと説明しています。財政課長によると、発端は6月23日以降に記者から受けた取材でした。
つまり、県の内部点検ではなく、外部からの指摘が発見のきっかけでした。
2020年度の処理は前県政で行われました。しかし、現県政は2021年から約5年間、県の財政を運営しています。2021年には県債管理基金の残高不足や資金集約を問題として取り上げ、2023年には同じ基金に関係する別の資金融通問題も検証していました。それでも今回の処理は見つかりませんでした。
もちろん、基金全体の問題を知っていたことと、338億円の個別処理を知っていたことは同じではありません。現時点で、斎藤知事が以前からこの処理を把握していたと断定できる資料はありません。
それでも、「報告を受けるまで知らなかった」だけでは組織の説明として不十分です。なぜ引き継ぎ、決算、監査、過去の基金検証で発見できなかったのか。現県政には、その仕組みを明らかにする責任があります。
4.監査と県議会の責任は、情報の出され方を含めて検証する
県の決算や健全化判断比率は、毎年度、監査委員の審査や県議会での審議を経ます。それでも今回の問題は2026年まで表面化しませんでした。
ただし、監査委員や県議会に、実務担当者と同じ責任があると直ちに決めつけることはできません。借り換えの内訳や土地売却収入の扱いが、審査資料にどこまで明示されていたかが分からないからです。
問うべきは、次の3点です。
- 2020年度の予算・決算資料には、490億円を全額借り換える理由が書かれていたのか
- 338億円の売却収入を基金に残す処理が、監査委員と県議会に説明されていたのか
- 財政指標の算定根拠を追跡できる資料が用意されていたのか
十分な情報が示されていたのに見逃したのであれば、チェック側の責任が問われます。情報が示されていなかったのであれば、執行部の開示と説明のあり方がより重く問われます。
5.現県政と県議会には「是正の責任」がある
過去の判断を検証することと、現在の県民生活を守ることは別の課題です。
県の公表資料では、今回の基金残高の修正と算定方法の見直しによって、実質公債費比率は単年度、3年間平均とも最大0.8ポイント悪化すると試算されています。
ここにも注意が必要です。この最大0.8ポイントには、売却済み部分338億円を基金残高から控除する修正だけでなく、未売却分152億円に関する算定方法の見直しも含まれます。「338億円だけで0.8ポイント悪化した」と単純化すると、県資料を正確に伝えられません。
さらに、兵庫県の財政悪化は338億円問題だけで起きたものではありません。金利上昇、県債管理基金の積立不足、過去の公共投資、分収造林事業など複数の要因があります。
だからこそ、現県政が財政悪化や事業削減をすべて「前県政の負の遺産」で説明することも適切ではありません。どの要因が財政指標を何ポイント押し上げ、どの是正策が県民サービスにどのような影響を与えるのかを分けて示す必要があります。
外部検証で最低限、公表すべき資料
県は、有識者を含む検証と再発防止策の策定を進める考えを示しています。検証を責任の押し付け合いで終わらせないため、少なくとも次の資料を公表すべきです。
- 2019年2月ごろの予算協議記録と指示内容
- 2020年度の全額借り換えに関する起案・決裁文書
- 法令確認と総務省協議の記録
- 338億円を基金に留保した目的と算定根拠
- 2020年度以降の決算・監査・県議会への説明資料
- 2021年以降の基金検証で今回の処理を対象にしなかった理由
- 2026年6月23日以降、知事報告と公表に至るまでの時系列
- 当時の知事、幹部、実務担当者への聞き取り結果
検証組織には、県の説明を追認するだけでなく、資料提出を求め、異なる証言を照合し、判断根拠を公開できる独立性が必要です。
結論――責任の分解は、責任逃れを許さないためにある
338億円問題で最初に問われるのは、2020年度の全額借り換えを決めた経緯です。前知事の指示が記録で確認されれば、その意思決定責任は明確に検証されなければなりません。
同時に、指示を実行した財政当局、長年発見できなかった内部統制と監査、約5年間見つけられなかった現県政、現在の情報を基に追及と是正を担う県議会にも、それぞれ異なる責任があります。
「前知事が悪い」「現知事は知らなかった」という二択では、県政の仕組みは変わりません。
必要なのは、誰が、いつ、どの情報を持ち、何を決め、誰が確認できなかったのかを一本の時系列にすることです。それができて初めて、責任の重さを公平に判断でき、再発防止も具体策になります。
責任の分解とは、責任を薄めることではありません。責任の所在を、言葉ではなく記録で確定するための作業です。
参考資料
- 兵庫県「公共用地先行取得等事業債の取扱いについて」
- 兵庫県「第2回持続可能な財政運営検討会」開催結果・議事要旨
- 兵庫県「知事記者会見(2026年7月15日)」
- 兵庫県監査委員「決算審査等」
- e-Gov法令検索「地方財政法」
- 関連記事:兵庫県の県債338億円問題とは|不適切な借り換えと財政への影響
※本稿は2026年7月29日時点で公表されている資料に基づきます。当時の意思決定や関係者への聞き取りは今後の検証対象であり、未確認事項を個人の確定的な責任として断定するものではありません。


