静岡県伊東市の田久保真紀(公式表記は眞紀)前市長(56)の自宅から押収されたパソコンを解析したところ、偽造されたとされる卒業証書のデータが見つかったと2026年8月25日に報じられました。前市長側はその前日、「本人は作成していない」「偽物だとすれば第三者が作成したもの」として、公判で無罪を主張する方針を裁判所に伝えたと報じられています。この1年余り、説明はどう変わってきたのか。時系列で整理します。
市議会の公式記録と公判前報道を分ける
伊東市議会の百条委員会報告は、2025年時点の学歴説明、証言、記録提出等に関する議会の調査結果です。一方、押収パソコン内のデータ、印鑑の発注、弁護側の「第三者作成」主張は、2026年の捜査・公判関係報道に基づく内容で、裁判所が証拠として採用・認定した事実ではありません。
記事では、市議会が公表した事実、検察側の立証方針として報じられた内容、弁護側の主張、政経プラスの評価を分けます。有罪・無罪を先取りしません。
一次資料:伊東市議会・百条委員会調査報告/伊東市議会・2025年8月29日百条委要点/裁判所・検察官による起訴・不起訴
パソコンから何が見つかったと報じられたのか
報道されたデータが公判でどのように提出され、弁護側の反論を踏まえて裁判所がどう評価するかが焦点です。現時点では、証拠としての採否や証明力は確定していません。
共同通信や静岡朝日テレビによると、捜査関係者への取材として、田久保被告の自宅から押収されたパソコンをサイバー捜査によって解析した結果、偽造された卒業証書の作成に使われたとみられるデータが見つかったとされています。起訴状の内容として報じられているのは、パソコンで作成した証書に、インターネット経由で業者に発注した学長名と法学部長名の印鑑を押した、という筋書きです。
報道どおり証書、印鑑の発注記録、パソコン内データが提出されるなら、作成者や使用経緯を検討する材料になります。ただし、誰が作成したか、データがどのように保存されたか、本人が認識していたかは公判で争われる論点です。報道だけで弁護側の主張を排斥することはできません。
なお、これらはあくまで報道されている捜査側の見立てであり、公判で証拠として採用され、争われるのはこれからです。
説明は1年でこれだけ変わった
田久保前市長の説明は、追い込まれるたびに形を変えてきました。順に見ていきます。
第1段階:「卒業」として当選した
田久保氏は2025年5月25日投開票の伊東市長選で初当選しました。当選後、市の広報誌などで最終学歴を東洋大学法学部卒として紹介していたと報じられています。
第2段階:「証書はある」──19.2秒の提示
2025年6月初旬、市議全員に「東洋大学法学部卒という学歴は誤り」とする趣旨の文書が郵送され、疑惑が表面化します。6月4日、田久保氏は市役所で市議会議長らに「卒業証書」を示しました。ただしこの提示は極めて短時間で、後に「19.2秒のチラ見せ」と報じられ、内容を確認させないための行為ではないかという疑問が残りました。
第3段階:「除籍だと今知った」
7月2日の記者会見で、田久保氏は大学に照会した結果として「除籍であることが判明した」と発表します。同時に、公職選挙法上の問題はないとして辞任を否定しました。ここで生じたのが、多くの人が抱いた素朴な矛盾です。除籍を「今知った」のであれば、1か月前に議長に見せた「卒業証書」は何だったのか。この問いに、納得のいく説明はついに示されませんでした。
第4段階:辞職表明、そして撤回
田久保氏は一度、市長を辞職して出直し選挙に出る意向を示します。ところが7月末の会見でこれを撤回し、続投を表明しました。市政の混乱は、ここから決定的になります。
第5段階:「勘違いだった」
市議会の調査特別委員会(百条委員会)に対して、田久保氏は「卒業と勘違いしていた」という趣旨の説明をしたとされます。百条委はこれを虚偽と認定し、市議会は虚偽の証言をした、あるいは理由なく出席を拒んだとして、地方自治法違反の容疑で告発しました。
第6段階:「第三者が作った」
そして2026年8月24日、弁護側は「本人は作成していない」「卒業証書が偽物だとすれば第三者が作成したもの」という主張を書面で裁判所に提出したと報じられました。
卒業した、除籍を知らなかった、勘違いしていた、自分は作っていない。1年余りの間に、説明の軸はこれだけ動いています。事実がひとつしかない以上、説明がこれほど変わること自体が、その説明の信頼性を損なっていると言わざるを得ません。
「第三者が作成した」という主張が抱える三つの疑問
新しい主張には、常識的に見て説明の必要な点がいくつもあります。
第一に、動機の問題です。偽の卒業証書を作って得をするのは誰か。起訴状の内容として報じられているところでは、田久保氏は市長就任直後、全国市長会からの経歴照会を受けた市幹部に卒業証書の提示を求められたとされます。証書を必要としていたのは本人です。見ず知らずの第三者が、わざわざ東洋大学の学長印まで手配して他人の卒業証書を偽造し、それを本人に届ける。その動機を説明できなければ、主張として立ちません。
第二に、データの所在です。報道が事実であれば、証書のデータは他ならぬ本人の自宅パソコンから見つかっています。第三者が作成したものが、なぜ本人のパソコンの中にあるのか。ここを説明する必要が出てきます。
第三に、提示した側の責任です。仮に「第三者が作った偽物を、本物と信じて見せてしまった」という筋を通すのであれば、除籍という事実をいつ知ったのかという問題に戻ってきます。除籍であれば卒業証書は存在し得ません。存在し得ない書類が手元にあった時点で、疑いを持たないほうが不自然です。
いずれも公判で争われる論点であり、現時点で有罪・無罪を断ずることはできません。ただ、無罪主張が説得力を持つためには、これらの疑問に正面から答える必要があります。
伊東市が支払わされたコスト
この問題で最も割を食ったのは、伊東市の市民です。
2025年9月1日、市議会は不信任決議を全会一致で可決しました。田久保氏はこれに対し議会を解散します。10月19日の市議選では、不信任に賛成する意向を示した前職18人と新人1人の計19人が当選し、市民の判断ははっきり示されました。10月31日招集の臨時議会で不信任が再可決され、田久保氏は失職します。
そして12月14日の出直し市長選。過去最多の9人が立候補する異例の選挙となり、元市議の杉本憲也氏が初当選しました。田久保氏も出馬しましたが落選しています。投票率は60.54パーセントで、前回を10.89ポイント上回りました。
市議選と市長選という二度の選挙。その費用はすべて公費、つまり市民の税金です。加えて、半年以上にわたり市政の意思決定が事実上停滞しました。学歴という、本来なら一枚の紙を出せば終わるはずの話が、ここまで膨らんだ理由は、最初の一手で正直に説明しなかったことに尽きます。
公判はこれからが本番
田久保被告は有印私文書偽造・同行使、そして地方自治法違反の三つの罪で、2026年3月30日に静岡地方検察庁により在宅起訴されました。事件は公判前整理手続きに付されることが決まっており、争点と証拠の整理が進められています。
公判前整理手続きは、争点が多く証拠が複雑な事件で、裁判を始める前に検察側と弁護側の主張を突き合わせておく手続きです。裏を返せば、この事件が単純な自白事件ではなく、真っ向から争われることが決まったということでもあります。
焦点は、パソコンから見つかったとされるデータが誰の手によって作成されたものかを、検察がどこまで立証できるかです。作成日時、使用されたソフト、操作したアカウント。デジタル証拠は、本人の記憶よりもはるかに雄弁になることがあります。
よくある質問
田久保真紀氏は現在も伊東市長ですか。
いいえ。2025年10月31日の市議会で不信任決議が再可決され失職しました。12月14日の出直し市長選では元市議の杉本憲也氏が当選し、田久保氏は落選しています。
どのような罪で起訴されているのですか。
報道によると、有印私文書偽造、同行使、地方自治法違反の三つの罪で、2026年3月30日に静岡地検により在宅起訴されました。有印私文書偽造は、他人の印章や署名を使って権利義務に関する文書を偽って作る行為を処罰する規定です。
「除籍」と「中退」はどう違うのですか。
中退は本人の意思で学籍を離れることを指すのが一般的で、除籍は学費未納や在学年限超過などにより大学側が学籍を抹消することを指します。いずれの場合も卒業ではないため、卒業証書は発行されません。
まとめ
- 田久保真紀前伊東市長のパソコンから、偽造されたとされる卒業証書のデータが見つかったと2026年8月25日に報じられた
- 前市長側は前日の8月24日、「本人は作成していない」「第三者が作成したもの」として無罪を主張する方針を裁判所に提出したと報じられている
- 説明は「卒業」「除籍を今知った」「勘違い」「第三者が作った」と1年余りで四転しており、その変遷自体が信頼性を損なっている
- 二度の選挙と半年以上の市政停滞という代償を負担したのは伊東市民である
- 事件は公判前整理手続きに入っており、デジタル証拠の評価が最大の焦点となる
一枚の紙をめぐる話が、なぜここまで大きくなったのか。答えは、最初に正直に説明する機会が何度もあったのに、そのすべてが見送られたからです。政治家にとって最大の資産は経歴ではなく信用である、ということを、この事件はきわめて高い授業料とともに示しています。
※本記事は各種報道をもとに構成しています。田久保氏は起訴内容を否認しており、有罪判決が確定するまでは無罪と推定されます。
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