2026年9月9日、福岡県議会の議長選挙は、大島道人県議(自民党県議団)と新開昌彦県議(公明党県議団)が39票ずつで並び、くじ引きで大島氏が当選しました。福岡県議会の議長選がくじで決まるのは、報道によれば1959年(昭和34年)以来、67年ぶりです。
結論から言うと、くじ引き自体は地方自治法118条が公職選挙法95条を準用しているための「法律どおりの決着」です。一方で、無効とされた票の中に「しんかい」と名字だけ書かれた票があったと報じられており、この扱いに疑問の声が出ています。本記事では、何が起きたのかを報道で確認したうえで、名字だけの票がなぜ有効にならなかったのかを条文の構造から読み解きます。
福岡県議会議長選で何が起きたのか
議長選は、金銭授受疑惑をめぐって議員辞職した蔵内勇夫・前議長(公式表記は「藏内勇夫」)の後任を決めるため、9月定例会の初日に行われました。TNCテレビ西日本の報道によると、県議会の定数は87で、欠員は2です。
投票結果は「39対39」
TNCテレビ西日本が報じた投票結果は次のとおりです。
| 被投票者 | 得票 |
|---|---|
| 大島道人氏(自民党県議団) | 39票 |
| 新開昌彦氏(公明党県議団) | 39票 |
| 福地幸子氏(桜和会) | 1票 |
| 無効票 | 6票 |
投票前の構図も押さえておきます。報道によると、最大会派の自民党県議団は当選4回の大島氏を擁立しました。これに対し、公明党、県政PLUS県議団、県民の声ふくおか、新政会、国民民主党県議団の非自民5会派は、公明党県議団長の新開昌彦氏への一本化で合意していたとされます。
同数となった直後、議長職務を行っていた板橋聡・副議長が「同数の場合の取り扱いを確認するため」として休憩を宣告。協議の結果、くじ引きが実施され、大島氏が選ばれました。
無効票6票の中身
焦点になったのが無効票6票です。TNCテレビ西日本は関係者の話として、6票のうち少なくとも2票が「しんかい」と名字だけひらがなで書かれていたと報じています。残る4票に大島氏をうかがわせる記載はなかったとされます。
一方、毎日新聞は、県民の声ふくおかの原田博史代表が記者団に「無効票が6票あり、そのうち3票に『新開』という名字だけが書かれていたと聞いた」と述べたと報じました。名字だけの票が2票か3票かは、報道によって伝え方が異なります。
また、新開姓の3人のうち新開嵩将県議(無所属の会)は、TNCの取材に「白票を投じた」と話したと報じられています。
なぜ「くじ引き」で決まったのか
議長の選び方は、地方自治法に定めがあります。
議長選には公職選挙法の一部が準用される
地方自治法103条1項は、議会が議員の中から議長と副議長を選挙することを定めています。その選挙の手続きについて、同法118条1項は次のように規定しています。
法律又はこれに基づく政令により普通地方公共団体の議会において行う選挙については、公職選挙法第四十六条第一項及び第四項、第四十七条、第四十八条、第六十八条第一項並びに普通地方公共団体の議会の議員の選挙に関する第九十五条の規定を準用する。(地方自治法118条1項前段)
「準用」とは、別の法律のルールを、必要な読み替えをしたうえで当てはめることです。議長選は住民の選挙とは違いますが、投票の書き方や無効の基準、当選人の決め方は、公職選挙法の該当条文を借りて運用されます。
同数なら「くじ」は法律上のルール
準用される公職選挙法95条2項は、次のように定めています。
当選人を定めるに当り得票数が同じであるときは、選挙会において、選挙長がくじで定める。(公職選挙法95条2項)
つまり、39対39になった時点で、決選投票ではなくくじで決めるのが条文上の手順です。原田代表は取材に対して強い言葉でくじ引きに反発したと報じられていますが、少なくとも「くじで決めたこと」自体は、議会が独自に考え出した方法ではありません。
※補足:95条1項は、当選に必要な最低得票(法定得票数)も定めています。地方議会の議員選挙の基準(有効投票の総数を定数で割った数の4分の1以上)を議長1人の選挙に当てはめると、有効投票79票の場合の目安は約20票となり、両氏とも上回っています。議会での具体的な算定方法は、公表資料では確認できていません。
「しんかい」と書いた票はなぜ無効なのか
ここが今回の一番のポイントです。
無効の基準は公職選挙法68条1項
118条1項が準用する公職選挙法68条1項は、無効になる投票を列挙しています。その8号は「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」です。
福岡県議会には、新開昌彦氏のほか、新開崇司氏、新開嵩将氏と、新開姓の議員が3人在籍しています。議長選は立候補制ではなく、原則として議員全員が「選ばれうる人」です。そのため「しんかい」とだけ書かれた票は、3人のうち誰に投じたのかを確認しにくく、8号に当たるとして無効とされたと考えられます。TNCの報道でも、「意思の特定が不可能」として無効票と判断されたとされています。
毎日新聞によると、議会運営委員会では、名字だけの票を無効とすることが投票前に確認されていました。
住民の選挙なら「按分」されるのに、なぜ議長選では違うのか
金銭授受疑惑を告発した吉松源昭県議は、「名字だけの票は案分すべきだったのではないか」と話したと報じられています。
たしかに公職選挙法には、同じ名字の候補者が複数いる場合の救済規定があります。68条の2第1項は、同一の氏名・氏・名の候補者が2人以上いる場合、その氏名などだけを書いた票を「前条第一項第八号の規定にかかわらず、有効とする」と定め、同条4項以下で得票に応じて振り分ける(按分する)方法を定めています。市長選や県議選で「たなか」とだけ書かれた票が無駄にならないのは、この規定があるためです。
ところが、地方自治法118条1項が準用する条文の一覧に、68条の2は含まれていません。準用されるのは、46条1項・4項、47条、48条、68条1項、95条です。条文の構造をそのまま読むと、議長選では按分の救済規定が使えず、68条1項8号の「確認し難い」票として無効になる、という結論になります。
※補足:この点に関する総務省の行政実例や裁判例は、本記事執筆時点で確認できていません。本記事は条文の文言からの整理であり、特定の判断が違法・適法であると断定するものではありません。
仮に有効だったら結果は変わったのか
名字だけの票が2票または3票あったとの報道を前提にすると、それが新開昌彦氏の票として数えられていれば、得票は大島氏を上回った計算になります。ただし、これは「3人の新開議員のうち昌彦氏に投じられた」と仮定した場合の話です。按分の規定が準用されない以上、この仮定を法的に当てはめる根拠は見当たりません。「くじがなければ新開氏が議長だった」と言い切ることはできない点には注意が必要です。
結果に異議があるときの手続き
118条1項後段は、「その投票の効力に関し異議があるときは、議会がこれを決定する」と定めています。さらに同条5項により、その決定に不服がある人は、決定の日から21日以内に、都道府県の場合は総務大臣に審査を申し立てることができ、その裁決にも不服があれば、裁決から21日以内に裁判所に出訴できます。
今回、本会議で投票の効力について正式な異議が出されたのか、議会が決定を行ったのかは、報道からは確認できませんでした。疑義を唱える議員がいる以上、「どの手続きを取ったのか、取らなかったのか」は、会議録で確かめるべき点です。
新体制の福岡県議会に残る宿題
くじで選ばれた大島新議長は、就任にあたり、任期中の海外視察の中止や、第三者委員会の調査への全面的な協力などを表明したと報じられています。
一方、就任翌日の9月10日には、吉松県議が大島議長あてに抗議文を提出しました。TNCテレビ西日本によると、抗議の対象は、蔵内前議長への辞職勧告決議案を採決中止にした緊急動議の議事運営です。吉松県議は、起立を求めてから「賛成多数」と判断されるまで約9秒だったと指摘し、蔵内前議長の参考人招致や、今後の採決で賛否の人数と氏名を公表することなどを求めたとされます。
議長選の件と合わせて考えると、今回あぶり出されたのは「票の数え方」「起立の数え方」という、議会の意思決定の土台そのものです。見解として、次のような改善は検討に値すると考えます。
- 投票前に、同姓議員がいる場合はフルネームで書くよう議長から注意喚起する
- 議長選の立候補制や所信表明の機会を設け、誰が選ばれうるのかを明確にする
- 重要な動議の採決で、起立採決ではなく記名投票や押しボタン式の採用を検討する
- 投票の効力をめぐる議論の経過を、会議録や議会だよりで具体的に公開する
くじは公平な決着方法ですが、「公平に決まった」と県民が受け止められるかどうかは、その前段の手続きがどれだけ丁寧だったかにかかっています。1票の書き方で議長ポストが左右されかねない、という今回の教訓は、福岡県議会に限らず、同姓議員がいるすべての地方議会に当てはまります。
なお、蔵内前議長の辞職に伴う県議補欠選挙は、9月25日告示、10月4日投票の日程と報じられています。
まとめ
- 2026年9月9日の福岡県議会議長選は、大島道人氏と新開昌彦氏が39票で並び、くじ引きで大島氏が当選した(67年ぶり)
- 同数時のくじ引きは、地方自治法118条1項が準用する公職選挙法95条2項に基づく手順
- 無効票6票のうち、「しんかい」と名字だけ書かれた票が2票(TNC)または3票(毎日新聞・原田代表の伝聞)あったと報じられている
- 住民の選挙で使われる「同姓候補への按分」(公選法68条の2)は、118条1項の準用リストに含まれていない
- 投票の効力への異議は議会が決定し、不服があれば21日以内に総務大臣へ審査申立てができる。正式な異議の有無は会議録での確認が必要
名字ひとつで議長が入れ替わっていたかもしれない――それほど僅差の選挙だったからこそ、新体制の県議会には、決め方の透明性をどこまで高められるかが問われています。
政経プラスチャンネルのご案内
政経プラスチャンネルでは、福岡県議会の金銭授受疑惑から議長交代までを、一次資料をもとに継続して解説しています。最新の動きを見逃さないよう、チャンネル登録をお願いします。
政経プラスチャンネルを登録する
さらに深く読みたい方へ
議長ポストをめぐる金銭授受疑惑の全体像や、会派ごとの投票行動の分析は、noteで詳しくまとめています。
https://note.com/poliplus
関連記事
- 県議会議長はどう決まる?会派・立候補・投票の仕組み
- 採決を止めた県議が新議長に――大島道人氏の経歴・政治資金・武田人脈を検証
- 新開昌彦県議とは|福岡市早良区選出、公明党県議団長の一票
- 新開嵩将県議とは|28歳の会派代表が採決中止に賛成した責任
- 新開崇司県議とは|補助金の目的外使用を追及しながら採決中止に賛成
- 福岡県議会・採決中止動議の賛否一覧
- 採決中止動議とは?誰が提出し、何を止めるのか
- 福岡県議会9月議会で問う説明責任
主な確認資料
- 地方自治法103条・118条(e-Gov法令検索)
- 公職選挙法68条・68条の2・95条(e-Gov法令検索)
- 福岡県議会「議長・副議長の情報」
- TNCテレビ西日本「くじ引き決着の裏に“3人の新開議員”」(2026年9月10日)
- TNCテレビ西日本「67年ぶり“くじ引き決着”の新議長」(2026年9月10日)
- 毎日新聞「同数くじ引き決着の福岡県議長選に疑義も 名字だけの3票無効に」(2026年9月9日)
- 日本経済新聞「福岡県議会議長に自民・大島氏 『非自民』結束も同数得票でくじ選出」(2026年9月9日)


