「9秒で起立多数」は有効か|地方議会の起立採決と、記名投票・押しボタン式への切り替えルール

地方議会のしくみ 「9秒で起立多数」 起立採決は誰がどう数える? 地方自治・議会

福岡県議会で2026年8月17日、蔵内勇夫・前議長(公式表記は「藏内勇夫」)への辞職勧告決議案の採決を中止する緊急動議が、起立採決で「賛成多数」とされ可決されました。この議事運営について、金銭授受疑惑を告発した吉松源昭県議は9月10日、大島道人議長あてに抗議文を提出しています。

TNCテレビ西日本によると、吉松県議は「起立を求めてから『賛成多数』と決するまで約9秒、最後の起立者が立ち上がってからはわずか4秒でした」と指摘し、今後は賛成・反対の人数と氏名を公表するよう求めました。

採決・表決・議決という言葉の違いは、別の記事で解説しました。本記事では一歩進めて、「起立採決で、議長は何をどう認定しているのか」「おかしいと思った議員は、どうすれば記名投票に切り替えられるのか」を、会議規則の条文をもとに整理します。

起立採決の結論は「議長の認定」で決まる

地方議会の議事は、原則として出席議員の過半数で決まります。

この法律に特別の定がある場合を除く外、普通地方公共団体の議会の議事は、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。(地方自治法116条1項)

ただし、地方自治法は「どうやって賛否を数えるか」までは定めていません。その方法は、各議会が定める会議規則に委ねられています。

会議規則の典型的な定め方

都道府県議会の会議規則は、全国でほぼ共通の形をとっています。例として、東京都議会会議規則は次のように定めています。

議長が表決を採ろうとするときは、議題を可とする者を起立させ、起立者の多少を認定して可否の結果を宣告する。(東京都議会会議規則71条)

ポイントは「起立者の多少を認定」という部分です。起立採決では、議長が一人ひとりの人数を数え上げて発表するわけではありません。議場を見渡し、起立者が多いか少ないかを議長が「認定」し、その結果を宣告します。明らかな差があれば数秒で判断できますが、差が小さい場合には、この認定そのものが争いになり得ます。

起立採決では、賛否の記録が残りにくい

起立採決の結果として会議録に残るのは、多くの場合「起立多数」「起立少数」といった結論です。誰が起立し、誰が座っていたのかは、記名投票と違って記録上は明らかになりません。

8月17日の動議について、報道各社は賛成49人・反対35人とする議員別の一覧を伝えましたが、これは議会の公式な記録として公表されたものではありません。吉松県議が「起立者の人数も名前も公表されていない」と問題視したのは、この点です。

「おかしい」と思ったら記名投票に切り替えられる

会議規則は、起立採決の結果に疑問がある場合の救済策も用意しています。東京都議会会議規則72条は、次のように定めています。

議長が必要と認めたとき、もしくは出席議員十人以上から要求があるとき、又は前条の規定による表決の際起立者の多少を認定し難いとき、もしくは議長の宣告に対し、出席議員十人以上から異議があるときは、議長は記名投票で表決を採らなければならない。(東京都議会会議規則72条)

整理すると、記名投票に切り替わるのは次の場合です。

  • 議長が必要と認めたとき
  • 一定数以上の議員から、最初から記名投票でと要求があったとき
  • 起立者の多少を議長が認定しにくいとき
  • 議長の宣告(「起立多数」など)に対し、一定数以上の議員から異議が出たとき

記名投票では、議員が賛成なら白票、反対なら青票に氏名を記して投票します(東京都議会会議規則75条)。誰がどちらに投じたのかが記録に残るため、県民が議員一人ひとりの判断を確かめられます。

何人以上の要求が必要かは議会ごとに違う

要求や異議に必要な人数は、議会ごとに会議規則で決まっています。東京都議会は「出席議員十人以上」、福岡市議会は「出席議員3人以上」としています(福岡市議会会議規則80条・81条)。福岡県議会の要件は、福岡県議会会議規則(県の例規集で公開)で定められています。

つまり、起立採決の結論に納得できない議員は、その場で所定の人数をそろえて異議を申し立てれば、記名投票による採決を求められる仕組みになっています。

※補足:8月17日の臨時会で、動議の採決に対して記名投票の要求や異議の申立てがあったかどうかは、会議録で確認できます。本記事では、報道で伝えられた範囲を超えて、当日の手続きの適否を断定するものではありません。

国会では「押しボタン式投票」も使われている

起立採決の曖昧さを避ける方法として、電子的な投票もあります。参議院規則は、起立採決について次のように定めています。

議長が起立者の多少を認定し難いとき、又は議長の宣告に対し出席議員の五分の一以上から異議を申し立てたときは、議長は、記名投票又は押しボタン式投票により表決を採らなければならない。(参議院規則137条)

参議院では、議員が投票機の賛成ボタンか反対ボタンを押すことで投票します(参議院規則140条の3)。結果は議員ごとに記録されるため、誰がどう投票したかがすぐに分かります。

地方議会でも、同じような電子採決の仕組みを取り入れている議会があります。導入には設備の費用がかかりますが、「数秒で多数と認定された」といった疑問を残さずに済むうえ、賛否を議会のホームページで公開しやすくなるという利点があります。

福岡県議会の場合、何を見直すべきか

今回の問題から見えてくるのは、次の3点です。

1. 重要な議案は最初から記名投票にする

議員の辞職勧告決議案や、その採決を止める動議のように、県民の関心が高く、議員個人の判断が問われる案件は、最初から記名投票で採決するルールを設ける方法があります。

2. 起立採決でも人数を記録・公表する

起立採決を続ける場合でも、議会事務局が起立者を記録し、人数と氏名を会議録や議会だよりで公表することは可能です。吉松県議が抗議文で求めたのも、この点です。

3. 採決を回避する動議の扱いを会議規則に明記する

FBS福岡放送によると、吉松県議は、今後同様の手法で議案の採決が回避されないよう、会議規則に明文化することも求めています。大島議長は就任時に「議会自身のあり方を見直します」と約束しており、会議規則の改正はその具体策の一つになり得ます。

まとめ

  • 地方議会の議事は出席議員の過半数で決まるが、賛否の数え方は各議会の会議規則が定める
  • 起立採決では、議長が「起立者の多少を認定」して結果を宣告する。人数や氏名は記録に残りにくい
  • 議長が認定しにくいときや、一定数以上の議員から異議が出たときは、記名投票に切り替える仕組みがある
  • 参議院では押しボタン式投票も使われ、議員ごとの賛否が記録される
  • 福岡県議会では、重要案件の記名投票化や、起立者の人数・氏名の公表が改革の論点になる

「9秒」が長いか短いかより大切なのは、誰がどう判断したのかを後から確かめられることです。採決の方法は地味な手続きですが、議会への信頼を支える土台でもあります。


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